「美味い店があるんだ。一緒にどうだ?」
ダイモンがそう誘ってきたのは、D9がペンタゴンに勤務を始めてから、最初の週末前。
まだ真新しいD9のデスクには、まだまだ私物らしい私物も少ない。
金属で幾何学模様を打ち出したペン立てと、卓上のカラフルなカレンダー。
仕事用のパソコンは、外回りの――それも荒事の――仕事のせいで、日本の元社畜としては意外に思えるほど、活躍の場が少ない。
アメリカって、こんなに神魔がらみの事件が多かったんだ。
まるで日本で読んだ伝奇ものじゃないか。
それも、世界中の神魔が出るから、傾向ってものが掴めない……
目の回るような、アメリカの「影の現実」を味わって、これは腹を括らねばと思った矢先。
とりあえずは休める――緊急出動がなければ――週末に、ダイモンに声をかけられた。
彼の仕事用デスクは、D9のすぐ左隣だ。
「あ、そうだね、契約金が入ったらおごる約束だったね」
「いやいや。ここは俺に祝わせてくれ。D9は新人なのに、最初からよくやってる。更におごらせたりしたら、俺が酷い奴みたいだ」
「え……でも、ほら、約束だし」
さりげなく言ったつもりだったが、ふと、ダイモンは、帰り支度を始める周囲を尻目に、悲し気にD9を見た。
D9はぎくりとする。
なんで、この人はこんな顔をするんだろう?
「無償の好意を信じられないんだな。自分の家族にさえ、店で品物を買うように、労働力や金銭を差し出さなければ、何も与えられなかったというのでは仕方ないが」
ダイモンは、深いため息を落とす。
D9はいささかきょとんとする。
それは、何か変わったことだろうか。
「いいか、D9。人間関係は、まず、無償の贈り物を受け取ることから始まる。普通は、大体全世界で共通して、親の愛情だ」
そう言われて、D9は胸を突かれたような感覚に陥る。
そうか。
普通は、親の愛情というのは、無償なのか。
「しかし、君の場合は、親の愛情は条件付き、それも極めて厳しい条件付きだ。吹っ掛けられた商品をしぶしぶ買う哀れな平民みたいに、君はどう考えても割に合わないほどの代償を引き換えに、親に『生存をお許しいただいた』訳だ」
でも、そんなのは間違ってる、と、ダイモンは言った。
「D9、ここに君を搾取する奴はもういない。君は自由だ、そして、贈り物を受け取るのにふさわしい人だ。俺からのささやかな贈り物を受け取ってくれないか?」
ああ、そうか、とD9は気付いた。
今までと同じではない。
受け取った「親切」の、あまりに高い「支払い」を気にしなくてもいいのだ。
なんだか、胸の奥がじんわりとして、緩んだ気がして。
D9は、嬉し気に、ダイモンに向かってうなずいた。
「ありがとう。ご厚意に、甘えさせてもらうよ」