ダイモンがその日D9を連れてきたのは、ポトマック河畔に近い、洒落た構えの店だった。
時間は夜に差し掛かろうとしている。
残照はわずか、夜の藍色に染められた空の下では、燈火が瞬いている。
首都に隣接し、比較的治安のいいこの街では、女性の一人歩きもさほど危なくないが、しかし、今はD9はダイモンに連れられていた。
虹色の髪はひねって真珠色のバレッタでまとめ上げ、衣装はカジュアルなパーティ程度の、クラウドブルーと白のレースの、アシンメトリなワンピースだった。
さほど格式張らなくていい店だとは言われていたが、やはり時間帯だけもあり、格好をつけた程度だ。
ダイモンも一応三つ揃いのスーツだ。
モード系の洒落た仕立てで、つやのある生地。
あかがね色の髪と合わせたボルドーだった。
「ああ、やっぱり着飾ると似合うな」
タクシーの中から、ダイモンはD9をそう褒めた。
「俺の希望も込めて言わせてもらうと、君みたいなゴージャスな美人は、もっと着飾った方がいいと思うぜ。君が稼いだ金は君のものだ、いままでみたいな暴君への貢ぎ物ではない。好きな服を買って、もっと自分の美しさを楽しむべきだ」
「ありがと。ムーンベルに服を買うの付き合ってもらう約束はしてるんだけど、正直、日本じゃそう気合入れておしゃれなんかしたことないから、勝手がわからなくて」
明らかにこなれたおしゃれをしているダイモンの手前、D9はなんだか気恥ずかしくなった。
「ダイモンは、すごくおしゃれだね。どんな服も似合う」
正直、仕事の時の軍服も、カジュアルにまとめた私服も、今回のようなしゃれた服装も、一流のモデルかと思うような着こなしだ。
普段からおしゃれに気を配る者特有の、鮮やかな緊張感があるのだ。
「俺くらい長く生きてるとなあ。おしゃれくらいしか、することがねえんだよ」
「まさか。仕事でもプライベートでも、引っ張りだこでしょ?」
有能だからこそ、自分のような、何がどうなるかわからない危険な神魔への説得要員に選ばれたのだろうし。
プライベートならもっと。
周囲の者たちが、ダイモンのような魅力あふれる男性を放っておくとは思えなかった。
「そうでもねえ。俺だって誰でもいいって訳じゃねえし、気合入れてめかしこんでも空しくなることはある。誰かのためっていう理由がな、本当に欲しくなるのさ」
ダイモンの指が伸びて、D9のサイドの髪に触れた。
タクシーの後部座席。
D9は今までにないときめきに胸を締め付けられていた。
親切にされて嬉しい。
ダイモンは、よくいる自分の美貌や才覚で勘違いした愚かな若造とは違う。
これだけ恵まれていながら、自分を見る目は冷静で、悪魔と言われるのに、考え方は理性的で公正だった。
数千年の歳月が彼を磨いてきたのだろう。
彼は、何を見て、何を考えてきたのだろう。
燃えるような喜びも、海の底に沈められるような哀しみもあったんだろう。
知りたい、そのひとかけらでも、という、強烈な欲求が、D9の胸に湧き上がった。
タクシーの車体が震え、運転手が、到着を告げた。