「……ヴォイド。顔を出した男というのは? どんな容姿か詳しく報告を」
早口で、プリンスがヴォイドに指示を飛ばす。
困惑気味に眉をひそめていたヴォイドは、うなずいて言葉を紡ぎ出した。
「……人間ではないようです。吸血鬼には間違いないですが、ファビアンと見た目の共通点はほとんどありません。中背で、感じの良い若者といった風ですが。灰がかった栗色の髪、緑の目。衣装は……レトロな三つ揃いですね。ジャケットのポケットから恐らく懐中時計の鎖が」
プリンスが、ふんと鼻を鳴らした。
「随分懐かしいな。ひょっとして執事の服装か?」
「ああ、そうですね。ヴィクトリア朝イギリスを舞台にした映画なんかで見かける格好です。執事なのか、これは」
得心がいったといわんばかりに、ヴォイドがうなずく。
「灰がかった栗色の髪、緑の目で、一見すると感じ良さそう……。ラングハイムじゃないか?」
ライトニングが鋭く目を細めた。
「ラングハイム? 誰?」
思わず、D9が訊き返す。
「ブルーノ・ラングハイム。ハンナヴァルト一家の執事だよ。奴らが地元にいた頃に丸め込んだ小僧っ子で、サーヴァントじゃなくて、一応吸血鬼にしてたはずだ」
ライトニングが素早く解説した。
「奴がいるってことは、確かにハンナヴァルト一家もここにいるってことで間違いないのか」
ダイモンが獅子に似た腕を組んだ。
「しかし、そいつ何してるんだ?」
「……あの」
怪訝そうな声が、ヴォイドの口から洩れた。
「その、ラングハイムさん、ですか。窓に何か手紙らしきものを置いて、すぐに引っ込んだんですが……どうします?」
「その手紙を回収して、一旦戻れ」
短く、プリンスが指示を飛ばす。
二分とせず、ヴォイドが仙術で作り上げたコウモリが、上質な白い封筒を持って帰ってきた。
「危険では」
珍しくマカライトが焦った様子だ。
その孔雀緑の目は、凝ったエンボス加工と一部に金箔刷りの、今どきの凡人なら気後れしてしまいそうな優雅なデザインの封筒にくぎ付けである。
「なにか仕掛けられていたら」
「私の魔法で精査したがね。これそのものは普通の紙だ。今どき珍しい仕様だが、この物質自体に害はない」
ペーパーナイフならぬ軍用のナイフで、プリンスが封筒の口を切った。
中身を引っ張り出すと、封筒と揃いの便せんが現れる。
「……ただ。書いてある中身に害がない訳ではないということだな。なんでも『今から三十分後に屋敷を爆破いたします。主が虜にした娘を、一階に置いています。助けたいなら是非お早めに』……だそうだ。ふざけているな」
「なによそれ、どういうこと? あいつら、そんなことしてどういうつもりなの? あたしたちをおびき寄せて全滅させようって?」
ナイトウィングが目を見張る。
「……ねえ、ダイモン。でもさ、普通に爆発に巻き込まれたところで、私たち神魔は死なないんじゃないのかな?」
ふと浮かんだ疑問を、D9は恋人にぶつけた。
「ああ、確かにな。『物理的な攻撃』では、俺たちの肉体を毀損できない。物理的な爆発物の熱と衝撃波と飛来した破片なんかは、俺らには無害だ。しかしな」
ふう、と重い息を、風の魔神は吐き出した。
「……ただし、爆発そのものではなく、巨大な『家』が降ってきたりすれば別だ。爆発に巻き込まれた結果、がれきの下敷きになって身動き取れずに延々苦しむ事態はありうる訳だ。それに」
「……一階の、女の子。サーヴァントなのか吸血鬼にまでされてるのかはともかく、このままだったら確実にがれきで圧死、っていうことだよね?」
D9は、話には聞いていたハンナヴァルト一家の冷血さに身震いした。
どういう訳だか、「物理的な攻撃」は通じない神魔の肉体にも、「災害」は影響を及ぼせる。
自然の崖が崩れて下敷きになることも、鉄砲水に溺れることもありうるわけだ。
そして、「家」のような、「生き物にとって霊的な意味合いの宿るもの」が壊れて災害を引き起こした場合、それは自然災害と同様、神魔の肉体にとって「霊的な力を帯びた攻撃」という処理がなされるらしい。
無論、Oracleに所属するような高位神魔になると、ただの「家」の破片ごときでは傷もつかないだろう。
神殿ならともかく。
しかし、あのサーヴァント、もしくは吸血鬼仲間に引きずり込まれた少女なら、話は別だ。
つまり、あの家が爆破された場合、あの一階の一室に閉じ込められている少女が何者であろうとも、大量のがれきによって圧死という結末は逃れられないはずなのだ。
「罠だった訳ね。やられたわ。ご主人様二匹の方は、多分もうあそこにはいないはずよ。爆破装置の起動係として、ついでに囮として、執事と女の子だけを残したんだわ、私たちが見捨てられないのを見越して」
ムーンベルが珍しく苦い表情を見せる。
「あと三十分しかない!! 早くあの女の子を助けないと!!」
この際、吸血鬼探しは後回しにして……!!
人間の姿のままだったら真っ青な顔を見せていただろう緊迫した声で、D9が叫んだ。
彼女の背後で、この邪悪には耐えかねるというように、マカライトが彼の神に祈りを捧げている。
「落ち着け。作戦変更。今より変更した作戦を言い渡す」
プリンスが硬い声で命じた。
Oracleの面々に、改めて緊張がみなぎった。