その部署は、かの名高いペンタゴンの、奥まった一角にあった。
世界的に有名な、その珍しい五角形の建物をぐるりと回りながら、D9は、何だかだんだん人気(ひとけ)がなくなるな、と、微妙に訝しい気分になった。
ペットゲージに入れて携えているポトが、中から励ますようににゃあ、と鳴いた。
制服はまだ仕上がっていないので、D9の衣装は、近所のブティックで大急ぎで買ってきた私服だ。
周囲に不審がられないようにというので、アメリカの若い娘らしい、キャミソールにジャケット、ジーンズにブーツといったいでたちだ。
軍服でガチガチのこのペンタゴン内部の人間からは浮き上がっていることおびただしいが、付き添いで来てくれているダイモンとムーンベルの一部の隙も無い軍服姿で、なんとか言い訳が成り立っている。
まあ、制服の間に合わなかった職員か、さもなくば誰かえらいさんの身内か、ぐらいに思われているらしいことを、すれ違う制服組のアメリカ軍軍人たちの視線から、D9は感じ取っていた。
「ま、緊張しなくていい。どうせ、ここにいる連中は、どんなに偉そうにしてたところで、君の『格』の足元にも及ばないんだからな」
珍しくきっちり軍服を着こなしながら、ダイモンが気楽な口調で投げかけた。
D9に歩調を合わせて、やや先に立って案内してくれている。
「ダイモン。言いたいことはわかるけど」
やや困惑して言葉に詰まったD9に代わり、ムーンベルが割り込んできた。
彼女はD9と並んで歩いている。
「D9が万が一にも、不利な立場になりかねないようなことは吹き込むもんじゃないわよ。気難しい奴だっているんだから、そいつに目をつけられたら。――ごめんね、D9。そんなに特別なことじゃないのよ。神魔っていっても、大部分人間と似たようなメンタルだから」
今まで属してきたコミュニティでの振る舞いと、そんなに大幅に変えなくてもなんとかなるわ。
あなたが難しい立場にあったという情報はみんな知ってるから、向こうだって気を遣うわよ。
ムーンベルは殊更気楽に説明して、D9の肩を気楽に叩いた。
「大部分のメンバーがあなたに興味津々だし、友好的に接したいと思ってるわ。でも、中には、宗教上の理由から、いささか気難しい態度を取りかねない奴もいてね」
「Oracleの構成員が、悪魔や魔物ばっかりだと思うか? 残念、中には天使という奴もいる。こいつがまた、厄介な奴でな」
どう説明しようか思案したらしいムーンベルの後を受けて、ダイモンが口を挟んだ。
「宗教上、奴らの親方が世界の創造主ってことになっているんだが、実際にはそうではない訳だ。そして、D9、お前さんは奴らにとって、奴らの信仰にも間違いがあるということに生きた証拠だ。恐れる必要はないが、ちょっとそこは気に留めておいてくれ」
わかった、ありがとうと礼を述べながら、D9は、日本ではほとんど感じることもなかった緊張感を感じていた。
いろいろな種類の神魔が――善悪問わず――いるというのは、こういうことだと、理屈ではわかっていたつもりだが、いざ、冷酷な宗教的拒絶が目の前にそそり立つかと思うと、正直身がすくむ。
日本というのは、良くも悪くもいい加減だったのだと、海を越えた今になって思い知らざるを得ない。
結構な距離を歩いた後に、灰色のドアが見えてきた。
「特務部隊Oracle」。
その表示をドアの側に見つけ、D9は気を引き締めた。
いよいよだ。
ダイモンがノックし、ドアを開けた。
「さあ」
ムーンベルが先に立って招いてくれる。
狭苦しい日本のオフィスに慣れた目からすると、余裕のある造りの、重厚なオフィスが現れた。
数人の人間――に化けた神魔たちの視線が、一斉にこちらを向く。
「さあ、みんなお待ちかねの創世の龍神をお連れしたわ。『プリンス』はいる?」
プリンス、王子。
事前に聞いていた、そのコードネームを持つ者のことをD9が反芻すると、目の前に風采のいい、颯爽とした男性が、大股で歩み寄ってきた。
「やあ、ようこそ、D9」
大佐の軍服をきっちり着こなした、プラチナブロンドの、思いがけないくらいに若い白人男性が、にこやかに右手を差し出してきた。
その手を取ると同時に、D9の神としての目に映し出された彼の真の姿に、目を惹きつけられる。
暗い虹色に輝く、暗黒神のためのステンドグラスのような翅、曲がりくねった二本の角に、紫色の肌。
炯々と地獄の火明かりのように輝く金色の目が、D9を面白そうに見つめていた。