「さて、まず、君がここでするべきことを指示しよう、D9」
プリンスの執務室、彼のデスクの前に立ったD9は、緊張の面持ちだった。
いよいよ本格的な業務へ向けての指令だ。
無論、リヴァイアサン退治も仕事といえば仕事だったが、いざ特務部隊Oracle本部で、上官からの直接の指令となれば、また微妙に意味合いが違う。
「今までのメンバーとの会話で、何となく推測はできたと思うが、アメリカ、場合によっては海外の反米勢力との戦いにおいて、我らOracleは重要な役割を果たしている。神魔は神魔にしか、基本倒せない。我々がやるしかない事件というのは、残念ながら決して少なくはない」
まるで十年も前からの飼い主のようにポトを膝に乗せながら、プリンスは切り出した。
「しかし、だ。神魔の引き起こす事件の件数に比べて、我がOracleの規模はあまりに小さい。アメリカ国内にはそれなりの数の神魔が存在しているが、全員が全員、この業務に適性があるわけではないし、本人の意思の問題もある」
それはそうだろうな、と、D9は納得した。
例えば、家事を手伝ってくれる妖精さん、などというのも神魔の一種には違いないだろうが、彼らがOracleの任務に向いているかどうかは、考えるまでもない。
適性があるタイプだって、様々な理由でこうした「政治的な」ものごとに関わりたくない者も少なくないであろう。
「行く行くは、人間の兵士や警察官などに訓練と相応の装備を与え、国内の、少なくとも小規模といえる神魔事件には彼らで当たってもらうことを、政府は方針として打ち出している」
そこで、と、プリンスはいかにも切れ者といった怜悧な目を光らせた。
「GHも言っていたように、人間が装備できる対神魔装備の開発と量産が急務なのだが、その材料として、最高のものと目されているのが、D9、君の脱皮後の『殻』なのだよ……」
「そういうお話をうかがうと、一日も早く脱皮して、殻をご提供するのにやぶさかではないですが」
D9は、慎重に言葉を選んだ。
「しかし、私の殻でなくとも、他の神魔の人たちに材料を提供してもらう訳にはいかないのですか? Oracleの方々はもちろん、直接はOracleに所属したくない神魔の方々にも、謝礼を支払って、切った爪とか、抜けた体毛なんかを提供してもらう訳には?」
プリンスは、その質問を予想していたように、ゆったりうなずいた。
「それは可能だ。だが、これには問題が二つある」
「と、仰いますと?」
「まず一つは、通常の神魔の肉体というものからは、よほど巨大な体躯の者でも、そう簡単に大量に『素材』は採取できないということだ。まさか、生身の新型ドラゴンの鱗を、剥ぎ取るような残虐行為を行う訳にはいかない。我らは自由を守るアメリカ軍であり、断じてナチではない」
これは、アメリカのアイデンティティに関わる問題でもあろう。
神魔といえど、誰にも迷惑をかけず大人しく暮らしている、善良な市民の顔を持った者を、虐待するわけにはいかないのだ。
「もう一つは、単純明快だ。装備の『素材』そのものにも、元の持ち主の『格』が反映されるのがわかっているのだ」
「……つまり、強大な神魔に対抗可能な強力な兵器を作りたかったら、格の高い神魔の肉体から採取される『素材』を使うしかない?」
「それもそれなりの分量な。今現在、残念なことにかなり強力な神魔の反社会的活動が確認されているが、現在開発されているようなレベルの武装では、いささか心もとない。強力なものも、あるにはあるのだが……しかし、それは圧倒的に数が、つまり素材の分量が足りないのだ」
我々が行おうとしているのは、統率の取れた集団による軍事行動であり、古代の英雄のような一騎討ちではないのだ。
つまり、まとまった分量の、高レベルの武装が必要だ。
そのためには、大量の、高いランクの神魔の素材が必要なのだ。
端的に、プリンスは説明した。
……なんだか、あのゲームのアレやソレになった気分だな。
D9は、日本でプレイしたことのある、巨大なモンスターと戦って、その肉体から素材を剥ぎ取るというゲームを思いだした。
まあ、自分は殺されそうもないが。
それどころか、「脱皮を早めるために、たらふく食わせてやる!!」と、ダイモンがボリュームがあって美味いことで有名らしい、近隣の店に連れて行ってくれると申し出た。
「君は、何度も説明を受けたと思うが、この世を真に創造した創世の龍の血が、色濃く蘇った者。そして、かなりの巨躯を誇り、なおかつ、その肉体を、力の水準の上昇に伴って、丸ごと廃棄するという特性を持っている。この古い肉体を素材として提供してもらえれば、相応の性能を期することができる、人間用の対神魔装備を、大量に開発及び生産できるはずだ」
考えたことがあるかね、と、プリンスは畳みかけた。
「ヤクの売人だと思って、路地裏に不審者を追い詰めた警察官。突然、その『ヤクの売人』は、人間の皮を脱ぎ去り、強力かつ狂暴な神魔の本性を現す。翌日、その路地裏で発見されたのは、血まみれの警官の制服の切れ端と、かじり取られた左手首から先……。彼には、妻と六歳になる息子がいたのにな」
残念ながら、こんな事件は今日(こんにち)のアメリカで珍しくもない。
非常事態だよ、パニックを恐れておおっぴらにはされていないがね、と、プリンスは説明した。
「こうした悲劇を極限まで抑制する切り札が、君の『殻』なのだよ。一日も早く、力の水準を上げ、『脱皮』に向けて備えてほしい。君の当面の任務は、とにかく強くなることだ。一刻も早く、な」
そのために必要なことなら、我々は惜しみなく協力しよう。
プリンスは更に言い募る。
「我らは欲しているのだ……創世の龍の力と、その聖なる血肉をな」
そう断言され、D9は、その責任の重さに震えながらも、しっかりとうなずいた。